彼の声1762026年8月1日「国家と通貨と資本主義の関係」マルクスの経済学・価値形態論のロジックから言えることは、国家なしの資本主義は、極めて不安定ながらも、論理的にあり得るが、通貨・貨幣なしの資本主義は絶対にあり得ず、そして、暗号資産やAIなどの現代のテクノロジーが、その代替の可能性に挑戦しているそうだが、それすらも資本主義の罠にハマっていて、この構造をマルクスの視点から三つのステップで解き明かすと、第一になぜ通貨なしの資本主義はあり得ないのかというと、マルクスは『資本論』の冒頭で、資本主義の本質を、元手の貨幣を使って商品を買い、それを高く売ることで、最初より増えた貨幣・剰余価値を得るという成り行きで表し、資本主義とは、単に貨幣を介してモノと別のモノを交換することではなく、その売買という交換を通じて、所持しているお金をより多くのお金に変える自己増殖のプロセスのことで、例えば、パソコン、労働、リンゴ、データなど、全く違う性質のものの価値を比較し、交換し、蓄積するには、全てを抽象的な数字を示す貨幣に換算しなければならず、交換する際に、価値の共通の尺度が必ず必要となり、共通の尺度を担うのが貨幣であり、貨幣がなくなってしまえば、それは資本の増殖運動ではなく、単に生きるために物を交換し合う共同体に戻ってしまい、したがって通貨・貨幣なしの資本主義は論理的矛盾であり、あり得ず、通貨がなければ、ただの物々交換でしかないが、では第二に国家なしの資本主義はあり得るかというと、国家の後ろ盾を持たない通貨の存在が成立すれば、国家なしの資本主義はあり得るそうで、貴金属の金・ゴールドが通貨だった時代、金は国家が作ったものではなく、地球が作った商品であり、国家権力がなくても、世界中で金は価値を持ち、資本主義は回っていたそうで、マルクスは、貨幣の本質を、商品の中から、他のみんなから特別扱いされるようなった一種の特殊な商品、商品の中の王様と定義し、現代において、この国家なしの資本主義を本気で実現しようとしているのがビットコインなどの暗号資産の思想で、アルゴリズムへの信仰によって、国家という権力の後ろ盾の代わりに、暗号技術とブロックチェーンというテクノロジーを後ろ盾にして、国家から独立した通貨・資本の道具を作ろうとしているが、第三に国家なしの資本主義が直面する限界と代替の可能性を考えると、では暗号資産のような国家なしの通貨で資本主義は完全に回るのかというと、ここに現代の大きなジレンマ・代替の可能性と限界があり、ビットコイン等の暗号資産を利用した国家なき資本主義の場合、仕組みは、金利の上げ下げや増減税などの国家の介入を受けない、純粋な市場と資本の自己増殖を目指すが、大恐慌やバブル崩壊が起きた場合、国家・中央銀行のようにマネーを刷って救済する仕組みがないため、システムがすぐに崩壊する危険性があり、他にもAIと信用スコアによって通貨を代替するやり方があるが、中国の芝麻信用やビッグデータのように、お金ではなく個人の信用ランクで決済や資源分配を行う仕組みがあるが、これにより一見お金が消えたように見えても、信用スコアという数字に換算して人間を評価・支配している時点で、それは形を変えた貨幣・資本と同じになってしまうから、通貨のデジタル変装でしかなく、結論として真の代替はポスト資本主義にしかなく、資本主義である限り、価値を数字・貨幣にして無限に増やそうとする衝動からは逃れられず、国家を排除してビットコインの世界にしたところで、結局は富の偏在・格差が生じ、強者が弱者を搾取する構造は変わらず、真の代替の可能性は通貨のない資本主義を目指すことではなく、通貨がなくても、人間の生存に必要な医療、教育、住居、エネルギーのインフラが共有材・コモンズとして無償で手に入る、資本主義そのものを乗り越えた社会、ポスト資本主義にしかない、とAIは結論するが、そういった結論を信じる前に、暗号資産のビットコインやイーサリアムが、日常的な売買などの決済手段に使われず、事実上の投機資産や開発インフラになってしまったのには、明確な経済的・技術的背景があるそうで、まず、ビットコインが日常で使われる通貨になれなかった3つの致命的な欠陥は、ビットコインは元々、国家に管理されない純粋な決済手段として開発されたが、貨幣が持つべき価値の安定性と交換の利便性を確保できず、まず第一に価格変動・ボラティリティが大き過ぎ、その理由として、ビットコインは発行上限が千二百万枚と厳格に決まっていて、供給が完全に固定されているので、需要が増減すると価格が猛烈に上下して、例えば今日百円で買えたリンゴが、明日には五十円、明後日には二百円になるような通貨は、誰も怖くて決済には使えず、第二の理由は、悪貨は良貨を駆逐するの逆転で、人々は将来値上がりする期待のある良貨を手元に溜め込み、価値が落ちる可能性が高い悪貨から先に使い、ビットコインを持っていれば将来値上がりすると期待されると、誰も手放さなくなり、決済・流通ではなく富の蓄蔵、デジタル・ゴールドに変質し、第三の理由は、処理速度の限界と手数料・ガス代の高騰で、ビットコインは世界中の取引を10分ごとに処理するが、1秒間に約7件しか処理できない結果、利用者が増えると処理待ちが発生し、処理を優先してもらうには手数料が数百〜数千円に跳ね上がり、百五十円のコーヒーを買うのに一千円の手数料がかかると、決済手段として破綻するそうで、そうした失敗を踏まえて、イーサリアムが登場したが、それでも日常の決済には使われない理由は、イーサリアムは、ビットコインの単に送金するだけ、という機能の限界を反省し、通貨上にスマートコントラクト・自動で実行される契約を書き込めるようにした大発明であったそうだが、イーサリアムもまた、日常の商品の売買には使われておらず、その理由は、イーサリアムが目指した方向性が決済ではなく、デジタル空間の経済インフラ・国家の代替だったからで、イーサリアムの本質は通貨ではなく石油であり、イーサリアムのネットワーク上でNFTや分散型金融DeFiなどのプログラムを動かすには、燃料としてイーサリアムが必要であり、イーサリアムは、スーパーで野菜を買うための通貨ではなく、デジタル空間の工場やシステムを動かすためのエネルギー・石油としてデザインされていて、イーサリアムの技術によって、誰でも簡単に独自のデジタル資産、NFTや草コインを作れるようになり、その結果、イーサリアム自体が日常の商品の売買ではなく、デジタルな投機商品を売買するための専用通貨になってしまい、ビットコインやイーサリアムの創始者たちは、国家の介入を受けない自由な経済圏という理想を掲げたが、しかし、資本主義という地盤の上でそれを実行した結果、既存の巨大資本や、ウォール街のヘッジファンドや投資家たちに、新しい儲けの道具、カジノチップとして目をつけられ、市場に組み込まれてしまい、国家の裏付けがない通貨は、資本にとっては規制の緩い、最高の投機ゲームの場にすぎなかったことが明らかとなり、そんな失敗を踏まえて、仮想通貨の世界でも、日常の売買に使えないという反省から、ドルや円などの法定通貨と価格が連動する、ステーブルコインが発明され、現在では実際の貿易や決済に広く使われているが、しかし、これは国家の通貨に百%依存した仕組みであるため、結局のところ、国家の後ろ盾なしには、まともな決済通貨は作れないという現実を証明する形になってしまったそうで、国家や法定通貨が持つ圧倒的な信用と暴力、強制力という歴史的背景は、人間が頭で考えたシステムや人工物では、今のところは再現できていないと言えるが、しかし、現在進行形で、AIおよびビッグデータとアルゴリズムは、人間が意図して作れなかった国家と通貨の新しい融合体を自動的・進化的に創り出しつつあると考えられ、このプロセスを歴史の断絶とAIのイノベーションという2つの視点から解き明かしてみると、まず第一に、なぜ国家と通貨の歴史を人為的に作れないのかというと、人工的に作られたビットコインなどの暗号資産が国家の通貨に勝てないのは、国家と通貨の誕生には、設計図のない数千年の血と暴力と共同幻想の歴史があるからで、国家の通貨がなぜ信用されるかというと、その通貨で税金を払わなければ、警察や軍隊の暴力によって逮捕されるという物理的な強制力があるからで、それに対して人工的な通貨には、これに従わなければ破滅するという暴力の後ろ盾がなく、また、通貨は、数百年以上の時間をかけて、これには価値がある、という幻想と習慣が人々の意識や身体に染み付くことで成立していて、昨日今日リリースされた人工のアルゴリズムには、人類が命や生存を預けるほどの盲目的で宗教的な信用を未だ抱けず、つまり、こうした歴史的な重みをスキップして、頭の良さやコードだけで国家や通貨をゼロから偽造することは不可能なのであるが、第二に、現在進行形で、AIはどのように国家と通貨を作ろうとしているのかというと、人間が人為的に作れなかったものを、AIは超・人為的なアルゴリズムによる社会の総管理によって自動生成しつつあり、AIが作ろうとしているのは、紙のお金や物理的な国境ではなく、信用スコアと生存基盤のプラットフォームによる、目に見えない新しい国家と通貨システムであり、通貨の代替は、お金を不要にする認知的信用スコアで、個人の購買履歴や、SNSの発言、友人関係、移動データをAIが24時間監視し、信用スコアを数字で算出し、スコアが高い人は、お金を払わずに一等地に住むことが許され、さらに最良の医療も受けられる一方で、逆にスコアが低い人は移動すら制限され、AIが算出したスコアが、モノやサービスを交換する権利=通貨そのものとなり、これは人間が設計した決済システムではなく、AIが人間の価値を数値化するプロセスから自然発生する新しい通貨形態となり、また国家の代替は、アルゴリズムによる行動の統治であり、伝統的な国家は法律と警察の暴力で国民を縛るのに対して、AIはプラットフォームから追放するという方法で人間を支配し、これは物理的暴力を超える接続の遮断であり、AIが管理するスマート都市やデジタルインフラからアカウント停止・BANされることは、現代社会における生存権の剥奪すなわち死を意味し、人間が法律を作って統治するのではなく、AIのアルゴリズムが、最も社会が効率的に回るルールを自動で生成して、人間を従わせることこそが、領土を持たないAIという人工国家の誕生のプロセスで、結論として、AIがもたらすのは超・資本論の世界であり、マルクスは『資本論』で、資本主義が限界に達すると、人間が作ったはずの商品や貨幣に人間自身が支配される現象、物象化を描いたが、AIが作ろうとしている国家と通貨の融合体は、まさにその究極形であり、人間が国家や通貨を新しく作ろうと意図したわけではないのに、資本の自己増殖のニーズとAIの進化が合体した結果、気づけば人間を24時間管理・評価するAIという名の新しい神、それが国家であり通貨でもある何かが誕生しつつある、というのが現在進行形の本質なのだそうで、どうしてもAIが導き出す結論には何かが欠けているように思われ、それを簡単に言うなら、アダム・スミス的な意味での、神の見えざる手の逆説なのだろうが、先行き不透明で、誰にも先が読めないことが、資本主義経済を駆動させる原動力でもある限りで、誰にとっても暗中模索の日々がこれからも延々と続いていくのかも知れない。 |